#1 おうちショップのはじまり
Boulangerie NiSHiKAWA の物語
山口県岩国市玖珂町
朝露にぬれた静かな町が目を覚ますころ、いつもの焼きたてパンが棚に並びはじめる。西川一馬さんと美菜さんが営む「ブランジェリ ニシカワ」は、2011年の開店以来、町の人たちに愛されているパン屋さんです。日々変わる気温や湿度と向き合いながら、基本を大切にして変わらないおいしさのパンを実直につくり続ける。西川さんの人柄があらわれているようなパンは、町の人にとって、ほっとできる日常の味になっています。
一馬さんと美菜さんは、大阪の辻製菓専門学校で共に学びました。卒業後、一馬さんはパンづくりを極める道へ。美菜さんは学校勤務を経てお菓子づくりの技を磨き、フランスでショコラティエの修行もしました。ふたりが思い描いていた未来は、パン屋として生活していくこと。ホテルのベーカリーで働いていた一馬さんが独立を決めたとき、店を開く場所に選んだのは、美菜さんの故郷の岩国市玖珂町でした。
そこでは、朝早くから日が暮れるまで、パンと向き合う日々が待っています。ふたりが望んだのは、店舗と家族で暮らす住まいが、ひとつ屋根の下にある建物にすることでした。
こうしてはじまった、西川さんの店づくり。
ただし、大阪で暮らしながら玖珂町に店をつくるのは、たやすいことではありません。この難題を乗り越えるため、プロデュースを担ったのは、光市に拠点を置くパスゲイトジャパンでした。市場調査をして売上予測を行い、事業計画を立案。設備投資にかけられる予算が決まったところで土地を購入し、建物の設計と建設がはじまりました。西川さんの思いに寄り添いながら、パスゲイトがゼロから手がけた店舗併用住宅「おうちショップ」です。美菜さんは、当時をこう振り返ります。
最初は、パンをつくることができるなら、プレハブでもいいとさえ考えていたんですよ。10年目を迎えた今は、この建物で本当によかったと思っています。開店までの慌ただしさが少し落ち着いたころ、限られた予算で最大限の提案をしてもらったことを、あらためて実感するようになりました。たとえば、デリケートなパンが日焼けするのを防ぎたくて、外から店内が見えない設計にしたのですが、扉には小さな窓をつけたかったのです。できあがったのは、月と太陽をモチーフにした窓。どんなカタチにもできますよとアドバイスをいただき、主人が焼いた三日月形のクロワッサンを写真に撮って、そのまま窓のカタチにしてもらいました。細部にわたって、こんなにも親身になっていただけるなんて。パスゲイトさんでなければ、この店はできなかったでしょうね。
一馬さんと美菜さんの「ブランジェリ ニシカワ」は、月日を重ねるごとに味わいを増していく建物と共に、この町になくてはならないパン屋さんになりました。